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岐阜地方裁判所 昭和50年(ワ)10号 判決 1982年2月18日

原告 八代一一

右訴訟代理人弁護士 廣瀬英雄

被告 木村源

被告 武藤明

被告 安田桂

右被告安田訴訟代理人弁護士 大野悦男

右被告安田訴訟復代理人弁護士 後藤真一

主文

一1  被告木村源は原告に対し、金二〇二〇万円及びこれに対する昭和五〇年一二月三日から完済に至るまで年三割の割合による金員を支払え。

2  原告の被告木村源に対するその余の請求を棄却する。

二  被告武藤明は原告に対し、金三三三七万八五二二円及び内金三〇八五万五七二二円に対する昭和五〇年一二月三日から完済に至るまで年三割の割合による金員を支払え。

三  原告の被告安田桂に対する請求を棄却する。

四  訴訟費用は、原告と被告木村源との間に生じたものはこれを三分してその一を原告の負担としその余は被告木村源の負担とし、原告と被告武藤明との間に生じたものは全部被告武藤の負担とし、原告と被告安田桂との間に生じたものは全部原告の負担とする。

五  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

一  原告は、「1被告らは各自原告に対し、金三三三七万八五二二円及び内金三〇八五万五七二二円に対する昭和五〇年一二月三日から完済に至るまで年三割の割合による金員を支払え。2訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、次のとおり請求原因を述べ、被告安田の抗弁につき、「抗弁の一の過失相殺は争う。抗弁の二の訴外戸崎荘六により二六〇五万一二九六円の弁済がなされた事実は認める。」と答えた。

(請求原因)

1  原告は、昭和四九年一〇月一七日、いずれも原告を根抵当権者、訴外藤井初男(以下訴外初男という。)を根抵当権設定者とする。

(1) 別紙物件目録記載(一)及び(二)の土地を目的とし(共同担保)、極度額三二〇〇万円の根抵当権設定契約

(2) 別紙物件目録記載(三)及び(四)の土地を目的とし(共同担保)極度額二八〇〇万円の根抵当権設定契約

をそれぞれ締結し、同日その旨の各設定登記を経由した。

2(一)  原告は、前項(1)の根抵当権を担保に、被告木村及び訴外藤井三郎(以下単に訴外三郎という。)を連帯債務者とし、遅延損害金の割合を年三割と定めて、左記のとおり貸付をした。

貸付日 金額 約定の弁済期

(1) 昭和四九年一〇月一七日 一九〇〇万円 昭和四九年一一月一六日

(2) 昭和四九年一〇月一九日 一〇〇万円 昭和四九年一一月一八日

(3) 昭和四九年一二月二二日 二〇万円 昭和五〇年一月六日

(二)  原告は第1項(2)の根抵当権を担保に、被告木村、訴外三郎及び訴外片岡昭を連帯債務者とし、遅延損害金の割合を年三割と定めて、左記のとおり貸付をした。

貸付日 金額 約定の弁済期

(1) 昭和四九年一〇月二五日 六〇〇万円 昭和四九年一一月二四日

(2) 昭和四九年一一月六日 五〇〇万円 昭和四九年一二月五日

3  ところが、右貸付後判明したことであるが、第1項の根抵当権は目的不動産の所有者である訴外初男により設定されたものではなく、被告武藤、訴外三郎ほか数名が共謀のうえ、別人の訴外速水留吉を訴外初男であるといつわり(いわゆる替玉)、訴外戸崎荘六及び同堀江敏子がこれに協力して、有効な根抵当権の設定と登記がなされたごとく装って原告に第2項の各金員貸付をなさしめたものであった。

4(一)  第1項の根抵当権設定登記が経由されたいきさつは次のようなものであった。(原告不在の訴の状況は後日の調査結果による。)

原告は、かつて本件と同様の手口で騙されかけたことがあったので、抵当権設定に応じようとする者が間違いなくその本人であるかどうかを確めるのに意を用いていた。しかるところ、本件においては、訴外三郎から、以前登記手続を依頼した関係で訴外初男をよく知っている司法書士の被告安田に今回も登記手続を依頼したいとの申出があったのでこれを了承した。

そして、約束の登記手続の日に原告が訴外片岡昭とともに岐阜市内の被告安田の事務所に赴いたところ、いまだ訴外初男は来所していなかったので、被告安田に対し、「設定者になる藤井初男さんはご存知ですか。」と尋ねたところ、被告安田が「以前世話したことがあり藤井初男本人をよく知っている。」と答えたので、原告はいったん帰宅した。

原告が去った後に、同事務所には、訴外初男になりすました訴外速水留吉、被告木村、訴外三郎、訴外片岡昭ほか数名が参集し、根抵当権設定の登記手続書類、訴外戸崎荘六及び同堀江敏子各作成名義の保証書、根抵当権設定を承諾している旨記載された訴外初男名義の念書が作成された。

原告が再度被告安田の事務所に出向いた時には既に前記関係者らは帰った後であったので、被告安田に対し、「藤井初男本人が直筆したか。」と尋ねたところ、被告安田は、「署名押印はすべて本人が私の目の前でされたものですから大丈夫です。」と答えたので、原告は登記申請手続を進めることを了承した。そして、被告安田から了承ずみの先順位抵当権以外の担保設定はなく受付も済んだので貸付を実行してよいとの連絡を得たので前記の金員貸付をなしたという次第であった。

(二)  しかるところ、被告安田には次のような過失がある。

被告安田は、訴外初男とは面識がないのに、原告に対し「藤井初男本人をよく知っている。」と答えている。仮に被告安田の右返事の真意が、「名前は知っているが顔は知らない。」というにあったとしても、被告安田は司法書士なのであるから、抵当権の設定を得て金融をしようとする原告が登記申請手続に際して設定者本人を知っているかと尋ねるのは、抵当権設定者たる者と現に設定者として登記に関与しようとしている者とが同一人物かどうかを確認するためであることは当然知り得るのに、漫然と知っている旨答えたのは重大な過失である。

また、本件登記手続には、登記済証が滅失したとして、訴外戸崎荘六及び同堀江敏子作成名義の、不動産登記法第四四条にいう書面(以下保証書という。)が用いられているのであるが、被告安田は司法書士としてできるだけ瑕疵のない登記を実現する義務があり、保証書の重要性も熟知していたはずである。しかるに被告安田は、保証書作成のため同被告の事務所に来所した者が保証人本人かその使者かすら確認せず、いわんや保証人が保証しようとする相手方と面識があるかどうかも確かめず、しかも、保証人あるいはその使者と思われる者が被告安田に対し藤井初男さんはどなたですかと尋ねていることからして、保証人となろうとする者が保証資格を欠くことが判明しているのに、実印と印鑑証明書のみに基づいて保証書を作成した点に過失がある。

さらに被告安田は、既に主張のように原告が被告安田に対する確認の質問をなす目的を知っており、また前記のように保証人となろうとする者の言動から根抵当権設定者として来所している者が訴外初男本人ではないことを疑うに十分な資料があるのに、訴外初男と称する者が真実本人かどうか確かめる措置もとらず、原告から登記書類や念書に本人が直筆したかどうかを尋ねられるや本人の直筆であるから大丈夫だと答え、保証人らがとった前記不審な言動を原告に告知しなかった点に過失がある。

5  第3項及び第4項の各不法行為により原告は次の損害を被った。

(一) 第2項の貸金債権を担保すべき根抵当権が不成立で、かつ現時点では右貸金債権の債務者がいずれも無資力であるため、貸金元本額及びこれに対する約定の割合による損害金相当額の損害を被った。

しかして、いまだ弁済のない第2項の各貸金の総元本額は、同項(一)(1)ないし(3)の貸付額計二〇二〇万円と同(二)(1)及び(2)の貸付残額計一〇六五万五七二二円の合計三〇八五万五七二二円であり、未払の遅延損害金は右合計額に対する昭和五〇年一二月三日から完済に至るまで年三割の割合による金員である。

しかして、被告武藤及び同安田はいずれも前記不法行為の際、原告が金融業者であり遅延損害金の割合を年三割と定めて金融をなすことを知っていたのであるから、右三割の割合による損害金は予見し、あるいは予見しえた特別事情による損害にあたるものである。

(二) 原告は、本件につき被告武藤と共同不法行為者の関係にある訴外戸崎荘六及び同堀江敏子に対し、損害賠償債権の執行保全のため不動産仮差押決定を得てその執行をしたが、計七万二八〇〇円の登録免許税の支出を余儀なくされた。

(三) 原告は、本件訴訟の提起遂行、前記仮差押申請手続を弁護士廣瀬英雄に依頼し、着手金として二五万円を支払い、勝訴判決を得たときは三〇〇万円を支払うとの約束をしたので、右金額合計三二五万円から、訴外速水留吉の支払った八〇万円を控除した二四五万円が損害となる。

6  よって、原告は、被告木村に対しては貸金の返還請求として、被告武藤及び同安田に対しては不法行為に基づく損害賠償金の請求として、各自金三三三七万八五二二円及び内金三〇八五万五七二二円に対する昭和五〇年一二月三日から完済に至るまで年三割の割合による金員の支払を求める。

二  被告木村は、適式な呼出を受けながら本件口頭弁論期日に出頭しないが、陳述したものとみなした同被告提出の答弁書には、「被告木村と訴外三郎が一九〇〇万円と一〇〇万円の各借受金の連帯債務者であること及び被告木村が二〇万円の借受金の(単独)債務者であることは認めるが、損害金の約定及び右以外の貸金のことは知らない。」との趣旨の記載がある。

三  被告武藤は、適式な呼出を受けながら本件口頭弁論期日に出頭しないし、答弁書その他の準備書面の提出もしない。

四  被告安田は、「1原告の請求を棄却する。2訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求原因に対する答弁及び抗弁として次のとおり述べた。

1  請求原因1項については、原告主張の各根抵当権設定登記が経由されたことは認めるが、その余の事実は知らない。

2  同2項の事実は知らない。

3  同3項の事実は知らない。

4  同4項についての主張は次のとおりである。

(一)  被告安田が司法書士であること、同被告が本件根抵当権設定登記の関係書類を作成し、右登記申請手続を代理したことは原告主張のとおりである。

本件根抵当権設定登記の申請書類を作成する日とされていた昭和四九年一〇月一七日、初めに原告と訴外片岡が被告安田の事務所へ来所した際訴外初男は来所しておらず、被告安田に対し「藤井初男を知っているか。」との質問があった。被告安田は、訴外初男に会ったことがなく顔も知らないので、「この人はせんだって武藤という人から頼まれて仕事をした人だ。ここへ来たこともないし顔も知らんが名前は知っています。」と答えた。

原告はいったん被告安田の事務所を去り、本件根抵当権設定の登記義務者らが書類を作成して右事務所から立ち去ったのち、再び来所して被告安田に対し「本人が自筆したか。」と尋ねたので、同被告は、「署名押印はすべて本人が私の目の前でされたものですから大丈夫です。」と答えた。

(二)  既に主張したように、被告安田は、原告からの最初の質問に対し「顔は知らないが名前は知っている。」と事実をありのまゝに答えているのであるから、別段落度はない。

また保証書の作成に関しても過失を問われるいわれはない。保証書は本来保証人自身が作成すべきものを便宜司法書士がその書式を代って作成するだけのことであって、保証書作成名義人本人が来なければならないものではないから、保証人本人かどうかを確認すべき義務はない。

そして、被告安田の事務所に来所したのは保証人たる訴外戸崎荘六及び同堀江敏子本人ではなく、いずれもその使いの者であったところ、人違いのないことを保証する保証人本人が訴外初男を知っていることが必要でかつそれで足り、使いの者の知、不知はなんら関係がないことからすれば、右使いの者が訴外初男を知らないようであったからといって、被告安田がなんらかの措置をとらなければならないいわれはない。

ついで、被告安田が原告に対し本人の署名押印であると答えた点についていえば、被告安田としては藤井初男と称する者が藤井初男本人であると信じていたのであるから、自己の経験したことをそのまま述べたまでであり、先に原告に対して藤井初男に会ったことがない旨を告げてあるのであるから、当然原告としては被告安田の発言の趣旨を理解できたはずである。

(三)  もともと司法書士は、他人の嘱託を受けて、その者が裁判所、法務局等に提出する書類を作成することを業としている者であり、実質権利関係を調査する権限も責任もなく、まして登記義務者が本人かいわゆる替玉かを確認する義務はない。

5  請求原因5項は知らない。

(抗弁の一)

6  金員の貸付をなすについて必要な調査をして貸付の可否を決定するのは、貸付をしようとする当該貸主本人がなすべきことであり、原告が金融を業としている以上その危険はもっぱら原告が負担すべきである。

しかるに、原告は担保提供者に会うことすらしていない。そして、原告は事前に担保物件を見分に赴いているところ、その近くに担保提供者たる訴外初男が居住しているのであるから、原告が訴外初男に会うことはきわめて容易であったものである。

また、原告は、関係者全員が集って登記手続をなすべき昭和四九年一〇月一七日にはいったん被告安田の事務所に来所しながらすぐに立去っているが、一、二時間待てば他の関係者全員に会えたものであり、特に原告が事前に担保提供者たる訴外初男に一度も会っておらずかつ数千万円の貸付をしようとしていたのであるからなおさら待つべきであったのである。

いずれにしても、本件は原告の不注意による損害を第三者に転化しようとしているものであり、仮に被告安田になんらかの賠償義務があるとすれば原告の右過失が斟酌されるべきである。

(抗弁の二)

7 原告は、昭和五五年六月一三日訴外戸崎荘六から本件債権の一部弁済として二六〇五万一二九六円の支払を受けた。

五 証拠関係《省略》

理由

第一被告木村に対する請求について

一  請求原因2(一)の各消費貸借については、貸主を原告、借主の一人を被告木村(借主が数名のときは連帯債務)とする(1)ないし(3)の各消費貸借契約が締結されたとの限度で、原告と被告木村との間に争いがない。

そして、《証拠省略》によれば、前記各契約の締結に際し遅延損害金の割合を年三割とする旨の約定がなされたことが認められ、この認定に反する証拠はない。

二  被告木村を契約当事者(借主)の一人として、請求原因2(二)の(1)及び(2)の各消費貸借契約が締結された事実を認めるに足りる証拠はない。

三  原告の請求中、請求原因2の貸金残元本の合計額である三〇八五万五七二二円及びこれに対する年三割の割合による金員以外の金員の請求については、被告木村に対する請求の原因の主張はない。(本訴第一七回口頭弁論調書には、「被告木村に対しては貸金返還のみを請求原因とするものである。」との原告代理人の陳述が記載されている。)

四  そうすると、原告の被告木村に対する本訴請求は、請求原因2(一)の(1)ないし(3)の貸付金元金合計二〇二〇万円及びこれに対する昭和五〇年一二月三日から完済に至るまで年三割の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がなく失当である。

第二被告武藤に対する請求について

一  被告武藤については、民事訴訟法第一四〇条により原告主張の請求原因事実をすべて自白したものとみなす。

二  右の事実によれば原告の被告武藤に対する請求はいずれも理由がある(請求原因5(三)の弁護士費用も相当額の範囲内にあると認める。)

第三被告安田に対する請求について

一  請求原因1の各根抵当権設定登記が経由された事実は当事者間に争いがなく、被告安田が司法書士として保証書を含め右設定登記申請に必要な書類の作成にたずさわったこともまた争いがない。

二1  本件根抵当権設定登記の申請書類作成が予定されていた昭和四九年一〇月一七日に原告が訴外片岡とともに被告安田の事務所を二回訪れていること、その初回の際被告安田に対し訴外初男を知っているかとの趣旨の質問が発せられたこと、その折訴外初男あるいは訴外初男と称する人物は在所せず、被告安田はその時点では訴外初男本人にも藤井初男と名乗る人物にも面識はなかったこと以上の事実もまた当事者間に争いがない。

そして、《証拠省略》によれば、原告と同行してきた訴外片岡昭が、持参した登記簿謄本を提示し、これに記載されている藤井初男(すなわち訴外初男)の文字をさし示しながら、被告安田に対し「この人を知っているか。」と尋ねたこと、被告安田は、約二週間前の同年同月四日に登記義務者を右の登記簿に記載された藤井初男とする根抵当権設定登記手続の申請をなしたことがあったので、右藤井なる人物と面識はなかったが、「この前登記をしたので知っている。」と答えたこと、そして藤井初男なる人物の知、不知に関しては右以外になんら問答はなされなかったこと以上の事実が認められ、《証拠省略》中の右認定に反する各部分、とりわけ、《証拠省略》中の、訴外片岡及び原告が被告安田に対し「藤井初男さんの方からの注文でお宅をよく知ってみえるというお話なので、そんな面識のあるところなら有難いのでお世話になりにきた。」と述べたとの部分、《証拠省略》中の、「安田先生、きょうあなたの家で金を沢山貸そうと思いますが、片岡さんの話を聞くと、あなたは担保提供者の藤井初男の顔をよく知っているといわれますが、本当によく知ってみえますか。」と尋ねたとの部分、《証拠省略》中の、「顔は知らないと答えた。」との部分、《証拠省略》中の「ここへはみえていないので知らない、顔は知りませんと答えた。」との部分はいずれも措信できず、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

2  そこで、被告が「この前登記をしたので知っている。」と答えたことについての過失の有無を検討することとなるが、知っている旨の右返答は、単なる顔見知りから親交があるまでその程度に差はあるにせよ、この答を聞いた者に被告安田は少なくとも訴外初男の顔は知っているものと理解させる発言であることは否定できない。

しかし、既に認定の、この人(藤井初男)を知っているかとの質問の目的が、担保提供者として振舞っている者が目的不動産の真の所有者ではなく別人がその者になりすましているのではないかとの点を原告が危惧し、被告安田の知識経験をもって原告自身による確認に代えようとするにあることの説明は全くなく、このことを安田においてとうてい知りえない状況下にあったこと、当日は登記申請書類の作成日に予定されていたのであるから、被告安田とすればほどなく登記義務者たる訴外初男が同被告の事務所に来所することも想定され、ましてや原告がすぐに同事務所から立去ってしまい、登記権利者たる原告が登記義務者と顔を合わせないままに登記申請手続が進められることになろうとは考えてもいなかった段階での質問であること、質問の仕方が登記簿謄本に記載の藤井初男の氏名を指さしながらのものであったこと以上の諸事実を前提として考えると、被告安田が「知っている。」と答えたことをとらえて咎め立てすることはできないというべきである。

三1  次に、保証書作成に関する過失の点であるが、まず、本件保証書が、被告安田において実行しようとしている登記申請手続に必要な添付書類であること、及び《証拠省略》によって認められる、被告安田は、保証書の保証文言に止まらず保証人らの氏名を記載したうえ捺印行為をも代行していることに照らせば、被告安田が保証書の作成に全然関与していない場合とたやすく同視することはできないところである。

2  しかして、被告安田が保証書を作成するに際し、右保証書作成のため同被告の事務所に来所している者が保証人となろうとする者本人か代行者ないし使者のいずれであるかを確めておらず、右の来所した者の挙動から登記義務者と直接面識がないことがうかがわれたが、保証人としての適格性を確認する等の措置をとらなかったことは当事者間に争いがない。

しかしながら、《証拠省略》によれば、本件根抵当権設定に先立つ昭和四九年一〇月四日に被告安田の手によってなされた訴外初男を登記義務者とする根抵当権設定登記の場合も本件の場合と同じく訴外戸崎荘六及び同堀江敏子名義の保証書が登記済証に代えて添付されていたのであるが、この保証書の作成も被告安田によって作成行為一切が代行されていること、右の一〇月四日には、前記堀江敏子本人が同被告の事務所に来所していたこと、そして、本件の一〇月一七日までの約二週間には、一〇月四日になされた根抵当権設定登記に関する異議、苦情の類の申立は一切なかったこと、本件の昭和四九年一〇月一七日には訴外戸崎幸子が同戸崎荘六の実印と印鑑証明書を預り、訴外堀江一夫が同堀江敏子の実印と印鑑証明書を携えてそれぞれ被告安田の事務所へ出向いてきていたのであるが、被告安田は、訴外戸崎幸子及び同堀江一夫からそれぞれ手渡された印章を押捺して保証書を完成させる時点では右戸崎幸子及び堀江一夫がいずれも保証書の作成名義人から保証書の作成事務を委託された者で保証人本人ではないことを認識していたこと(《証拠判断省略》)、訴外堀江一夫は、被告安田に対し初男さん(訴外初男のこと)はどの人かと尋ね、指示された訴外速水留吉(ただし、訴外初男ではなかったことが判明したのは後日のことであるのはいうまでもない。)に対して直接藤井さんかと質問してはいたが、右速水が「そうです。」と応答するや納得して堀江敏子名義の保証書作成に協力していたこと以上の事実が認められるのである。

本件の保証書作成時の状況が右に認定したようなものであり、登記実務上保証書については、保証人の署名を不可欠のものとせず、記名あるいは保証人の氏名があらかじめ印刷されたもので足り、保証意思の確認手段として印鑑証明書が重視されていることをも勘案すれば、被告安田において保証人本人の保証意思内容の正確性を確認するための方策をなんら講じなかったことについて非難することはできないといわざるをえない。

四1  昭和四九年一〇月月一七日、原告が二度目に被告安田の事務所を訪れた時には、既に登記義務者(正しくは登記義務者を詐称していた者)やその他同人のため登記関係書類の作成に関与した者らがすべて右事務所から立去った後であったこと、そして、原告が被告安田に対し「本人が直筆(あるいは自筆)したか。」と尋ねたところ、同被告が「署名押印はすべて本人が私の目の前でされたものですから大丈夫です。」と答えたことは当事者間に争いがない。

しかして、《証拠省略》によれば、被告安田の事務所へ訴外初男を装って出向き本件登記申請手続のための委任状に署名したのは訴外速水留吉であったこと、被告安田は右時点では、このことに全然気付かず、訴外初男本人が委任状に署名したものと思い込んでいたもので、昭和四九年の一二月下旬ころ原告から訴外初男とは別人のいわゆる替玉であったことを告げられて初めて知った次第であること以上の事実が認められる。

2  ところで、真正な登記の実現は不動産登記制度の根幹をなすものであり、司法書士が、他人の嘱託を受けてなす、登記に関する手続についての代理及び(地方)法務局に提出する書類の作成等をその業務としていること(司法書士法第二条)からすれば、司法書士である被告安田は、虚偽の登記を防止し真正な登記の実現に協力すべき地位にあると一応いいうる。

しかし、司法書士の前記業務の内容並びに、登記官に形式的審査権しか与えられていないためであるが、不動産登記法が登記済証または保証書二通を提出させることをもって、当該登記申請が登記簿上の登記義務者の意思に基づく真正な登記であることの確認手段としていることからすれば、登記申請手続を代理しようとする司法書士としては、その登記申請が真正なものでないことを疑うに足りる相当な理由があるときにのみ、登記義務者本人の意思に基づくものであるか等の点を調査して当該登記申請が真正なものであることを確認する義務があるというべきである。

しかるところ、本件の場合は、既にみたとおり、前記調査確認義務にかかわりをもつ事実としては訴外堀江敏子を保証人とする保証書作成のために同訴外人の実印と印鑑証明書を持参した訴外堀江一夫が登記義務者と面識がなく、藤井初男はどの人かと尋ねていたことを被告安田において認識していたという事実が存するけれども、右のとおり訴外堀江一夫は保証人本人ではなく、登記義務者がどの人かを尋ねたことは保証人のために登記義務者が現実に登記手続に関与していることを確認しようとする目的に出た行為とも解し得るのであり、さらに右堀江一夫は訴外速水留吉(ただし、これは後日判明したことである。)が藤井初男であると名乗ったことですぐに納得したことも既に認定のとおりであってみれば、右の訴外堀江一夫の言動は、被告安田につき登記義務者と称している者が義務者本人ではなく別人ではないかと疑うべき相当の理由に該当するとは解されない。

そして、他に右相当の理由があったとするに足りる事実の立証はないから、訴外初男本人であるといって登記手続に関与していた者が真実訴外初男本人か否かを確認しなかった点につき被告安田に注意義務の懈怠を問い得ないことに帰する。

3  被告安田が原告に対し「本人」が署名押印した旨述べたことは争いがないところ、原告は、この点にも被告安田の過失があると主張する。

しかし、前認定のとおり、右は、登記義務者の訴外初男として登記申請の委任状に署名押印した者が訴外初男本人であることになんら疑いを抱いていなかった被告安田が、自己の認識経験したところをありのままに述べたに過ぎないことが明らかである。

そして、被告安田本人の尋問の結果によれば、本件根抵当権設定以前の昭和四九年一〇月四日付の、本件と同じく根抵当権者を訴外初男とする根抵当権設定登記手続においては、訴外初男(客観的事実としては訴外初男と称する者)本人が被告安田の事務所に来所して署名する等のことは一切なかったことが認められるのであるから、原告において、登記義務者として登記に関与した者がいわゆる替玉であることをおそれ本人が自筆したかとの質問を発しているとは知るよしもない被告安田が、代理人あるいは使者によらず登記義務者本人の手によって書類が作成されたとの趣旨で「本人」の署名押印であると答えたのは極めて当然のことであり、「本人かどうか知らないが、本人と称する者が署名押印した。」と答えるべきであったとするのは難きを強いるものというほかない。また訴外堀江一夫の言動を逐一原告に告知すべきであったということもできない。

したがって、本人の自署であると答えた点についても別段過失は認められない。

五  以上いずれの点からするも、被告安田に過失を認めることはできないから、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告安田に対する請求は理由を欠くことが明らかである。

第四結論

よって、原告の本訴請求は、被告木村につき金二〇二〇万円及びこれに対する昭和五〇年一二月三日から完済に至るまで年三割の割合による金員の支払を求める限度で正当として認容しその余は失当として棄却し、被告武藤につき請求をすべて正当として認容し、被告安田につき請求を全部失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言について同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 秋元隆男)

<以下省略>

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